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大村市今富キリシタン墓碑

 
大村市今富の住宅地。
椿の薮の中に、ひっそりとその墓碑はあった。

墓碑には「天正四年丙子十一月十一日不染院水心日栄霊一瀬治部大輔」と刻んであり
墓の主は、一瀬越智相模栄正と考えられているそうです。
「栄正」は、日本最初のキリシタン大名として知られる大村純忠が、永禄六年(1563)
重臣二十五名とともに、横瀬浦で洗礼を受けた時の一人といわれている。
天正四年(1576)に没し、その子一瀬治部大輔が、父のために墓碑を建てた。
その後キリシタン禁教時代となり、大村藩内で、キリシタン墓地の探索と破壊が行われ、取締が厳しくなったため、墓碑を縦に起こし、仏教の戒名を記し、仏式の墓にしたものと考えられているそうです。(大村市教育委員会案内板による)






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